珈琲業界に影響を与える12人の連載コラム第一弾 『WORLD BREWERS CUP』世界チャンピオン 粕谷哲氏 後編「コーヒーを通して広がる世界」

『WORLD BREWERS CUP』世界チャンピオン 粕谷哲氏

【プロフィール】

コーヒー業界に足を踏み入れてわずか3年で、ブラックコーヒーの美味しさや抽出の技術力、総合的な知識を競う世界大会『WORLD BREWERS CUP』で2016年にアジア人で初めて世界チャンピオンに輝く。
世界大会で発表した独自のドリップ方法「4:6メソッド」はコーヒーの味わいを数値でコントロールするという革新的な手法で、『誰でも簡単に美味しいコーヒーを入れることが出来る』と、世界中のトップバリスタはじめ一般のコーヒー愛好家から今なお支持され続けている。
世界大会優勝後は世界各国のバリスタのコーチングを行っており、2018年には自身の教え子も同大会で世界一になるなど、トップバリスタを育てるコーチとしても活躍中である。
2017年には千葉県船橋市に、自らコーヒー豆の買付や焙煎を行い、品質を監修する自家焙煎コーヒー店「PHILOCOFFEA」を設立。
大手企業のコンサルタントや製品プロモーション、商品開発などを精力的に行う。

人生に与えた影響

コーヒーが私の人生に与えた影響は計り知れません。幸運にも世界チャンピオンになったことはその一部でしかなく、もっとも重要な変化は私の見える世界が広がったことです。
もっと美味しいコーヒーを作りたい、もっといろんなコーヒーが知りたい、と思えば思うほど、日本を含めて広く世界を知らなくてはいけないという考えに至ります。その過程で自分の想像の範疇を超える知識や技術、経験を持ったバリスタやロースターに出会うこともありますし、生産者の工夫や努力、進歩を知ることもありますし、コーヒー自体を作る地球の神秘にすら出会います。そのたびに、自分の小ささを思い知り、同時に世界の広さを知るのです。

自分の世界がいかに小さくて閉じられたものであることを、コーヒーを通じて知ることができる。人生においてこれ以上大きくて重要な影響があるでしょうか。なぜなら、世界の広さを知ることは、自分の無限の可能性を知ることでもあるからです。
コーヒーによって私は自分自身に広い世界を見ることが出来たのです。

珈琲を抽出することの意義や楽しさ

私の趣味の一つに写経があります。仏教徒というわけではないので経文の意味を頭の中で考えることになるのですが、そのままひたすら筆を進めていると、次第に頭の中と腕の動きが分離していく感覚に陥ります。
頭で経文の意味を何度も考え、腕は半ば反射的に経を写すだけ。これを繰り返していくと、集中しながらも別のことを考えて行動できるようになるのです。
実は同じことがコーヒーの抽出にも言えると思っています。コーヒーにお湯をかけるという作業を集中してやりながら、頭の中では今コーヒーがどのような状態にあるのか、次どのように注ぐべきなのか、これが正解なのか誤りなのか。を考える。
コーヒーを作るというのは、美味しいコーヒーを入れることが目的ではありますが、コーヒーに正面から向き合い、コーヒーを抽出するという行為そのものが集中力を高める行為でもあるのではないかなと思います。

もちろん、コーヒーの抽出だけで言えば、どうしたら美味しくなるのか、どうしたらもっと美味しく抽出できたのだろうか、世の中で言われていることは本当に正しい入れ方なんだろうか、といったことを考えること自体が面白いところでもあり、実際に美味しく入れられたかどうかというのは実はそんなに重要なことではないのかも知れないです。美味しいにこしたことはないですけどね。ただ、不味いという結果からも学べることはたくさんあるので、美味しいかどうかだけで楽しもうとしない心の余裕もコーヒーを楽しむ上では必要ではないでしょうか。
人それぞれに楽しみ方があって良いというのもコーヒーの懐の広さでもあり、幅広い人達に支持される理由なのでしょう。

私にとってコーヒーとは

今までに何度も「自分にとってコーヒーとはなんだろうか」と考えたとき、他人と自分とを繋ぐツールだと思うことが多かったです。
しかし今思うのは、自分自身と向き合うためのツールなのではないかということ。自分の気持ちに嘘をついてしまいそうなときもコーヒーは必ずその嘘に気付きます。気持ちが高揚しているときもコーヒーはそれを伝えてくれます。コーヒーは誰よりも私のことを理解していて、よく見ています。
コーヒーというものを通じて、他人と繋がることが出来ていたというのは事実です。しかし、実はもっとも繋がることが出来ていたのは自分自身だったと、そう思うのです。
コーヒーによって素晴らしい世界を与えてもらい、そのコーヒーに苦しみ、そのコーヒーに喜び、喜怒哀楽をコーヒーで知る。
自分自身を映し出す鏡、それが私にとってのコーヒーです。

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