珈琲業界に影響を与える12人の連載コラム第二弾 Japan Barista Championship 2017 , 2019 優勝 石谷 貴之氏 前編 「偶然の産物」

【石谷 貴之氏プロフィール】

2012年に独立しTAKA ISHITANIとして活動を開始する。バリスタ育成やショップの立ち上げ、イベント内でのコーヒーサーブ、セミナー開催など幅広く活動中。
競技会などにも積極的に参加し、2度の日本チャンピオンを獲得するなどコーヒーシーンにおいて数々の実績を収める。

・経歴
Japan Barista Championship 2017 , 2019 優勝
Japan Barista Championship 2009,2012,2015,2018 準優勝
WORLD CLASS 2018 JAPAN FINAL 審査員

・監修店舗
SATURDAYS NYC (東京・名古屋・大阪・神戸)
WACKO MARIA / PARADISE TOKYO (東京)
K STREET COFFEE BAR (岡山)
バースブック珈琲 (徳島)
LOCO MARINO Coffee (沼津)
CHAMI JAPAN (奈良)
UEHARA KITCHEN(東京)

偶然の産物

僕は2005年からバリスタという仕事に携わるようになりました。

『なぜバリスタになったのですか?』とか『バリスタになろうと思ったきっかけは?』などと聞かれることが多くありますが、僕の場合は『たまたま』です。

実はバリスタになろうと思ってなったわけではなく、コーヒーが好きだったわけでもありません。むしろ味は苦手でした。今でもプライベートではほとんど飲みません・・苦手だから。

当時はギャルソンの仕事やサービスの勉強がしたくて表参道にあるアニヴェルセルカフェで働いていました。 人と接したり、人が喜ぶ顔を一番近くで見ることができる接客という仕事が大好きでした。

最初の数年は皿洗いやホール業務をやっていました。当時、バリスタという職業は今に比べると全く確立されていなくて、僕の職場では長く働いている人が順番にバーに入りコーヒーなどのドリンクを作るというシステムでした。
スタッフの入れ替えなどもあり僕もバーに入るようになりました。

そこで初めてエスプレッソを目の前で先輩に抽出してもらい、初めて飲ませてもらいました。めちゃくちゃ美味しくなかったです・・あの時の味は今でも忘れられません。

そして言われるがまま、見様見真似で僕もエスプレッソを淹れてみたのですが先輩が淹れてくれたものより、もっと美味しくなかったのです。同じようにやっているのになぜこんなにも美味しくないのだろう?と思い、コーヒーの抽出に興味を持ち始めました。やっても、やっても美味しくはならず毎回違う味になることが不思議で、気付いた時にはコーヒーにどっぷりハマっていました。

自分では美味しいと思っていませんでしたが、お店のテストはクリアできたのでお客様にコーヒーを出すことはできるようになりました。今考えるとそんなマインドでコーヒーをお客様に出していたなんて最低ですが・・ごめんなさい。

自分の淹れたコーヒーをお客様が美味しいと言ってくれたり、ホッとすると言ってくれたりすることがとても嬉しくて、その時バリスタっていい仕事だなと自然に思うようになりました。

もしかするとコーヒーでなくても料理やお酒、何か他のものでもお客様の喜ぶ顔を見ることができれば何でもよかったのかもしれませんが、たまたま働いていた場所にエスプレッソマシンがあったことや、たまたま長く働いたからバーに入ったことがバリスタになるきっかけを与えてくれたので今考えると本当にラッキーでした。

とは言え、当時はバリスタをずっとやっていくなんて考えてもいませんでした。なんせ僕は飽き性な性格なので何かをずっと続けることは難しいと思っていたのです。

しかしこのコーヒーだけは自分の思い通りの抽出ができないところが面白くて、もっと知りたい、もっと研究したいと思い、気付いたらもう15年も続いています。



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