坂口憲二氏「コーヒーとサーフィンと芸能界」 珈琲業界に影響を与える12人の連載コラム第五弾

【坂口憲二氏プロフィール】

1975年生まれ、東京都出身。1999年のデビュー以来、俳優として活躍。 2018年に病気の治療に専念するため芸能活動の無期限休止を発表。
その後、西海岸で出会ったコーヒー文化の魅力に目覚め焙煎士としてのキャリアを開始。
2019年には『ザライジングサンコーヒー』を立ち上げ、代表兼ロースターとなる。

コーヒーとサーフィンと芸能界

初めまして、ザライジングサンコーヒーでロースターを務めています坂口憲二です。今回、自分のようなまだロースター駆け出しの人間にこのような場を与えていただき感謝しております。

自分が俳優という仕事を辞めて(俳優というか芸能界ですね・・・)コーヒー業界に飛び込んだのは、今から5年前の2016年のことになります。振り返ってみると、自分の人生はサーフィン、芸能界、コーヒーが多くの時間を占めているような気がします。

せっかくの機会なので、この全く関係性のない3つのことを、今回、改めて考え直してみました。
なぜ自分がこの3つを選んだのか?何に魅力を感じたのか?

まず最初に始めたのはサーフィンです。スポーツ全般、なんでも好きだった自分にとってサーフィンというものはその枠を乗り越えて色々なものを学ばせてくれました。当たり前のことですが、サーフィンは波に乗る遊びです。今では都会に人工波の施設なんかもありますが、基本は海に行かなければ出来ません。そして波はいつ行ってもあるわけではありません。いい波に乗りたければ、天気図などで情報を読み込み、風やうねりの方角、潮の変化、天気などを常に気にしていなければなりません。

要するに、こんな便利な世の中になっても、自然は日々変化しながらもずっとそこにあり、サーファーはサーフボードだけを頼りに、身体一つで波に挑まなければなりません。どんなにお金持ちでも、どんなに有名でも、いい波には乗れません。この不自由さこそ、自分がサーフィンに魅かれる最大の要因だと感じています。そこの波を熟知している者がいい波に乗れる、ものすごくシンプルな世界です。

だけど人間同士、陸にいるとこうはいきません。自分を大きく見せたり、見えない相手を攻撃したり、信用していた人に裏切られたり・・・色々なことが人間社会にはあります。しかしながら海にいると相手は人間ではなく、自然界になり、その雄大さに触れると己の未熟さを知り、人に対して謙虚になれるような気がします。

ある人が『サーフィンは人生に似ている』と言ってましたが、まさしくその通りで・・・人生もいつもいい波に乗れるわけではありません。全く波に乗れない時期もあれば、いい波に乗れても転んでしまう時もあったり、思いがけない波に遭遇する時もあります。大切なことは、人生もサーフィンも『続ける』ことだと思います。当たり前の日常を生かすも殺すも自分次第、自然に触れるということは人間にとって最も大切なことかもしれません。

そして、自分の人生の大半を占めてきたのは芸能界での仕事です。23歳で事務所に入り、約20年近く、俳優という仕事を軸に色々なことをやらせていただきました。昨今の芸能界事情はよくわかりませんが、自分がこの世界で一番に魅力を感じたことは『テレビには見えない』部分です。例えば、たった1時間のドラマを作るのに1~2週間もの時間をかけます。台本という設計図を基にスタッフは演者を決めたり、ロケ場所を探したり、スケジュールを組んだりとたくさんの人間が携わり、作品は完成します。けれど、観る側は全くそんなことは気にしません。むしろ、その苦労を感じさせないものが良作であり、プロフェッショナルというものかも知れません。

自分もよく視聴率というものを気にしていた時期もありましたが、それは同じ熱量を持って作品を作ってもらったのに、結果(視聴率)がついて来なくて申し訳ないというものでした。しかしながら、現場の人間はあまりそういうことは気にしません(プロデューサー以外は笑)。視聴率が悪くても、今でも鮮明に心に残っている作品もあれば、視聴率が良くても、全く記憶にない作品もあります。俳優という仕事は、確かに作品の真ん中に立つ仕事ですが、作品が終わってしまえば一個人に戻り、リセットされます。現場も同じで100人近くの立場の違う人間が集まり、一つの目標に対して切磋琢磨しあい、喜怒哀楽を共にします。終われば、期間は違えど解散し、また頑張っていれば現場で再会することもあります。

一見、テレビは華やかな世界に見えますが、それはあの箱の中(古いかな・・・)画面の中だけであって、現場はものすごく地味で華やかさとは真逆の世界だったような気がします。でも、そこで出会ったスタッフや俳優仲間と過ごした時間は自分にとって永遠の記憶であり人生の宝物でもあるのです。



最後に、今現在の自分を支えてくれているのがコーヒーです。こちらは現在進行形なので、なかなか俯瞰して見ることはできませんが、自分なりに日々楽しく向き合えています。なんでコーヒーなんだろう、なんでロースターなんだろうと、今でも自問することがありますが、よくよく考えると答えは簡単で『カッコイイ』と思えるからです。

自分が縁あって訪れたオレゴン州ポートランドで見たバリスタがめちゃくちゃカッコ良かったのが、今から思えば、コーヒーの世界に入る最初のきっかけだったような気がします。コーヒーをサーブする一挙手一投足が美しく、自信に満ち溢れているように見えたそのバリスタ。彼が淹れてくれたコーヒーの味は今でも忘れることができません。自分もやってみたい・・・ あの時、完璧に恋に落ちました。それから今日まで、コーヒーに向き合っていますが、知れば知るほど奥が深い世界なんだと感じています。

コーヒー業界には色々な人がいて、色々な考え方があります。誰が正解とかいうのではなく、各々が自分のコーヒーを見つけるために日々、旅をしているようだと感じています。コーヒーを淹れる行為は自分にとって写し鏡のようなもので、その時の自分の精神状態を知ることができます。焙煎も同じで日々の変化や自分の進化があるからこそ、それが味に出るものだと考えています。今でもそうですが、ドリップする時に測れるものは測るようにしていますが、なぜか美味しい時とそうでない時があります。それはもしかしたら、科学的ではない要素がコーヒーにはあるんじゃないかと半分冗談で半分真剣に考えています。

例えば、誰かのことを思って淹れたコーヒーは、自分で飲むために淹れたコーヒーより間違いなく美味しく感じる時があります。たった一杯のコーヒーでも多くの人を幸せに出来る力が、コーヒーにはあると思います。この可能性がコーヒーの持つ最大の魅力だと自分は考えています。そして今の自分の使命は、この可能性を多くの人に届けること、一杯のコーヒーでちょっとだけあなたの人生を豊かにすることです。コーヒーに自分の人生は救われた。だからこそ、少しでもコーヒーに恩返しすることを目標に日々頑張っていこうと思っています。

なんだかバラバラな話になってしまいましたが、この3つを通して自分が学んだことは『謙虚さ、思いやり、そして相手を喜ばせること』です。人生というのは、喜ばせごっこのような気がします。一番喜ばせた人が、一番幸せになれるような気がします。どんなに強がっても、人間一人では生きていけませんし、必ず、誰かの支えがあったり、想いがあったりします。

だからこそ、今の自分が大切にしていることに、嘘なく真摯に向き合わなければいけないと考えています。

長くなってしまいましたが、最後まで読んでいただき、ありがとうございました!最後にひとつ自分が好きなコーヒーの格言を紹介します。



“Even bad coffee is better than no coffee at all.”
(どんなに不味いコーヒーでもないよりはましさ)

David Lynch/デヴィッド・リンチ

ザライジングサンコーヒー
坂口憲二